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山縣洋三さんを悼む

2019-03-12T01:39:10-07:00

かつて企友会の会長を長いこと務められた山縣洋三さんが去る6月25日に、お住まいのある鎌倉でお亡くなりになりました。享年84、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に指定されたご病気で闘病中でした。心からの哀悼の意を表します。 思えば、山縣さんとは25年の長きにわたって親しくお付き合いをさせていただきました。私がバンクーバーに移住をしてきた1991年からほどなくして企友会の存在を知り、門を叩いたことがきっかけでした。当時山縣さんは企友会の会長をされていて、そのリーダーシップと素晴らしいお人柄にたちまち虜になってしまったことをよく覚えています。爾来25年、公私にわたって親しく接していただき、たくさんの思い出を残してくださいました。 ゴルフ場でご一緒の山縣さんと久保さん 山縣さんのお話をしようと思うと、まずは企友会のことが思い浮かびます。1980年代の半ばに、当時設立されて間のない企友会のアンディ九十九会長とリトンかおり副会長が山縣さんを訪ね、次の企友会の会長として腕を振るってほしいとお願いに上がったそうです。そのころ山縣さんは総合商社丸紅の支店長をされていました。すでに日系コミュニティの中で「この人あり」との評価の高かった証だろうと思われます。 1994年船上クリスマスパーティ 当時存在したグレーターバンクーバー移住者の会という団体から、起業を志す人たちを中心に立ち上げられた企友会。その生まれて間もない企友会の会長を引き受け、知名度を高め、活動のスタイルを定めて大いなる発展の礎を築いた祖が、まさに山縣さんであったと確信しています。 中でも1990年代の半ばに山縣会長の陣頭指揮のもと、企友会が企画・実施したビジネス・トレードフェアは忘れられない思い出です。格式のあるホテルの広い催しもの会場を借りて、そこに日系の旅行社や貿易会社、物品販売会社等々のビジネス法人や個人がブースを展開し、大勢のお客さんを迎えて賑やかなフェアを開催しました。当時の下荒地総領事も積極的に協力をしてくださり、また現在経団連の初の女性理事として活躍されている晴乃サキュリッチさんも企友会理事の一人として奮闘していました。山縣さんのことを思うと、そんな光景が昨日のことのように目に浮かんできます。 第3回トレードフェアのオープニング式典。向かって右が山縣さん 企友会日系ビジネスアワード表彰式にてトロフィーを渡す山縣さん 2006年功労賞を受賞された際のスピーチ 本当に、日系社会にはなくてはならない人でした。企友会のみならず、ICAS(環太平洋文化交流事業)の理事、日加商工会議所の創設メンバー、日加協会の理事等々多岐にわたるボランティア活動に力を注ぎ、日系コミュニティ‘の活性化や充実に大いに貢献されました。 食事会にて。2列目右から2番目 一方では無類のゴルフ愛好家でもあり、元気な足取りでゴルフ場を歩き回っておられました。また若い方々との交誼も豊かだったのですが、決して上からのお説教をするようなタイプではなく、一緒に考えてアドバイスをくださるような方でした。 今年の1月に鎌倉のご自宅を訪ねてお目にかかりました。ALSという病気は運動神経細胞が侵され、随意筋に脳からの指令が届きにくくなって筋肉も衰えていくという難病ですが、それを阻止し改善する方法はまだ見つかっていない病気です。1月にお会いした時には、体の動きに不自由さがあるもののお顔の色つやもよくお元気で、再会を約束してお暇したものでしたが、それからわずか半年足らずでこんなお別れをするなんて、いまだに信じられない思いです。奥様の桂子さんが気落ちされている様子が目に浮かび、それがとても辛いのですが、早くお元気になっていただきたいと願うばかりです。

山縣洋三さんを悼む2019-03-12T01:39:10-07:00

さらなる日系ビジネスの輪へ

2019-03-14T23:19:17-07:00

バンクーバーにはビジネス団体が数多くありますが、それぞれの団体の特徴や活動内容がよくわからない、あるいは日本やカナダ内からの問い合わせにどの団体に聞いてよいか分からない、といった話がしばしば持ち上がっていました。 実際、26年もビジネスの最前線にいる私ですらよく知らない団体もあります。それぞれの団体がこんなことをしているのか、はたまたこんな団体もあったのか、という発見がいまだある状態です。 そんなこともあり、バンクーバーのビジネス系10団体で組織する「連絡協議会」でもう少し連帯感を持たせ、それぞれの会の特徴を引き出し、ビジネス団体の活性化を図ることを目標に今年1月より私がその議長を仰せつかりました。 まず手掛けたのが連絡協議会のウェブサイトの作成です。これがないと何も始まらないことから急いで内製し、5月終わりには完成させました。(www.cjcbc.org)これは日英切り替え方式になっており、日本からもカナダからもこの日系ビジネス団体の全体像を確認いただけます。 次いで、そのお披露目も兼ねて連絡協議会メンバーのレセプションを5月24日に開催いたしました。これは団体間の親交を深め、一団体だけでは参加者や集客に不安がある際に、他団体との共催を容易に行えるきっかけづくりと考えています。 また、今までは各団体がバラバラで企画していた同様イベント(歓送迎会や季節のイベントなど)をなるべく合同開催し、より効率的に行えるようにしたいと考えております。例えば8月に離任される総領事の送別レセプションは連絡協議会と文化系団体がコラボした形で準備しています。 また現在取り組んでいる共同案件として日加修好90周年を記念した4分間の映画作成をバンクーバーアジアフィルムフェスティバルと行っています。これなども今までは団体単体ではなかなか成し得なかったことですが、参加団体の協力で大きな力と知恵で新たな挑戦に挑んでいます。 バンクーバーの中で日本の存在はかつてに比べて薄まっています。両国のビジネスのつながりの規模は引き続き大きいのですが、全体の中に埋もれつつあるのが現状です。 もっと日本を知ってもらおう、バンクーバーでも活躍している日本のビジネスがたくさんあることを知ってもらうことは我々ビジネスをする者にとって共通する課題です。 どうか皆様の手を貸していただき、日系ビジネスの輪をもっと太く、大きくしていければと考えております。 どうぞよろしくお願いします。 企友会 理事 連絡協議会 議長 岡本裕明

さらなる日系ビジネスの輪へ2019-03-14T23:19:17-07:00

ビジネスで異文化コミュニケーションを成功させる3つのこと。

2019-03-14T23:20:49-07:00

−−−グローバル化されたビジネスにおける「異文化コミュニケーション」を成功させて収益を上げるための重要性とは、以下の3点に集約されると考えています。日本人はなぜ「クオリティ」を重視するのか、日本人自身が理解すること、または外国人に理解して貰うこと−−− 異文化コミュニケーションとは、同じ言語を持った日本人同士にでも微かなレベルとはいえ存在しているものであり、その幅と深さ、或いは角度が広がったものが外国の人たちとの間で交わされると「異文化コミュニケーション」になるということを最初に定義しておきたいと思います。 まず日本人側にも「自己理解」、この場合「日本企業理解」が必要です。なぜ我々はそこまでクオリティにこだわるのかをきちんと形にして説明できるようになることが求められます。「大事だから大事なんだ!」では外国人には伝わりません。一般に発展途上の国々では「クオリティよりも使えればそれでいい」の方が重要である場合があり、その場合は「クオリティよりも廉価で多くの人が入手しやすいものを作った方が効率的なのに…」と外国人側が思っている場合も少なくありません。よって日本人がなぜそこまで一生懸命にクオリティを追及するのかということを自分たちがまず明確にわかっている必要があります。 そもそもクオリティ(品質)とはどういう意味でしょうか? ISO9000では「本来備わっている特性の集まりが要求事項を満たす程度」と表現されています。理解を深めるために、例えば身近なところで「食事のクオリティ」と一言で言った時に、同じ日本人同士が同じ理解をするのかということを考えてみます。クオリティという言葉には「クオリティが高い・低い」という言い方ができると思いますが、何を以って「高い」「低い」と言っているかを考えると多岐にわたっていることが実感できます。人によっては、「材料・素材」を指しているかもしれませんし、「味付け」を言っているかもしれません。またある人にとっては「食事自体の栄養価」を表現しているのかもしれませんし、もっと言えば「その食事をとった場所、レストランや自宅や友人宅などの雰囲気」を指しているかもしれません。そもそもクオリティという言葉自体、もしかしたら自身の定義と他人のそれは異なっているかもしれないのです。 製造にかかわる現場では特に「クオリティ」は非常に重視されますが、定義を含めてなぜそんなに大切なのかを伝える必要があります。 以前、タイの日系部品メーカーの社長がメキシコで駐在されていた時のことを私に話してくれました。「取引先から何度かクレームがきており、社長の自分としては一体何が起こっているのか確認したくて現場に向かったのです。部品製造している自社の工場現場に行って驚きました。大きな体のメキシコ人がくちゃくちゃとガムを噛みながら、小さな小さな部品を製造し、作られたねじをその部品に組み込む作業をしていました。 どうみても部品側にそのねじは大きすぎて入らないと傍で見ていたところ、なんと驚いたことにそのメキシコ人は、力でネジを部品の穴に押し込んでしまいました。当然部品の穴はつぶれてしまいましたが、形としては部品となりました。恐らく過去にもそうやって出荷していたのでしょう。」 このメキシコ人も彼なりに考えて、与えられた仕事を与えられた時間内でこなすための方法としてこういうことをしていたのかもしれません。そして誰もこの彼と「クオリティ」の意味や、会社の品質方針を共有したことがなかったのかもしれません。 クオリティが高くないと命の危険性や人を傷つけてしまう可能性もあること、またクオリティが高いから耐久性もあり使い勝手が良く、長くお客様に喜んで使っていただけること。そうすることで社会へ貢献しているということ、その好循環がまわりまわって自社の売り上げが上がり、市場占有率が上がり、そしてスタッフとして仕事をしているあなた達も自社で仕事をすることによって心身ともに満たされていく。こういう一連の流れを日本人・日本の企業は信じているということをまず、自身がきちんと理解し言葉にできることが重要なのです。 私達はカナダでビジネスを行い、外国人を雇うことは避けられない環境の中、「異文化コミュニケーション」の力を上手に活用することで企業としての収益を十分に出している会社もあれば、この力を活用しきれず収益を出し切れていない会社もあります。「異文化コミュニケーション」はグローバル化されたビジネスにおける武器の一つとさえ言えるのです。 企友会理事 松本真子

ビジネスで異文化コミュニケーションを成功させる3つのこと。2019-03-14T23:20:49-07:00

世界で活躍する日本人

2019-03-14T23:21:52-07:00

先日、バンクーバー美術館へ行ってきました。 2018年2月から5月3日まで限定で展示されている、日本を代表する芸術家の村上隆さんの作品を見る為です。 普段は芸術などには疎いですが、同じ日本人ということで、引き寄せられました。 全体的にアニメポップ的な作風に見えますが、和紙を使用していたり日本画の浮世絵を彷彿とさせる作品に、各国の人が夢中になって見ていらっしゃいました。私もすっかり見入ってしまいました。 フロアによって展示が別れていますが、村上隆の「The Octopus Eats Its Own Leg(邦題:タコが己の足を食う)」はメインフロアで展示されています。写真撮影もOKなため、インスタグラムのハッシュタグ「#TAKASHIMURAKAMI」で、バンクーバーアートギャラリーで撮られた写真を見ることが可能です。 村上隆さんの初期の作品から新しい絵画、様々な年代に制作された彫刻など50以上の作品が展示されていました。人気アーティスト「ゆず」や「カニエ・ウェスト」等CDジャケットのデザインも手掛けており、私も全然知りませんでした。 今では日本以外で活躍している方は多いですが、改めてバンクーバーにて、作品などを見ると元気がもらえ、活力になります。 これからバンクーバーも良い季節に入りますが、改めて【海外で頑張ろう】と考えた一日でした。 企友会理事 高岡利和

世界で活躍する日本人2019-03-14T23:21:52-07:00

今年の Sakura Days ジャパンフェアは…

2019-03-10T01:16:52-07:00

今年のSakura Days ジャパンフェアは、4月14日(土)、15日(日)の二日間に亘って開催されます。 日本の食べ物、日本のパフォーマンス、日本のビジネス、日本の文化を見て、そして体験できるイベントです。 Sakura Days ジャパンフェアは、バンクーバー近郊に住む人たちに日本を紹介するイベントで、日本を身近に感じてもらい、日本とカナダが相互の理解を深めることを目指しています。いわゆる、日本とカナダの『架け橋』の一つに成ればと願っています。 ジャパンフェアは、2009年より、六つの日系ビジネス団体が一つに成って、VanDusen Botanical Garden、在バンクーバー日本国総領事館の協力を得て、Vancouver Cherry Blosome Festival との共催で始まりました。最初の年は、バンデューセン植物園の一部を借りて行う小規模のイベントで、来場者も5,000人程度でした。2010年は、冬季オリンピックがバンクーバーで開催されたため、開催できませんでしたが、2011年より再び継続開催し、今年で、9回目の開催となります。フードや販売/非販売の参加ベンダーの数は、50を超え、パフォーマグループは30を超えるグループが参加し、来場者も10,000人の来場者がある大きなイベントなりました。毎年新たな試みを加え、さらに魅力のあるイベントしてゆきたいと思っています。 Sakura Days ジャパンフェアの運営は全てボランティアで行っています。毎年200人を超えるボランティアの協力を得ています。その多くは日本に興味を持ち、親しみを持って頂いている人達で、ボランティアの力なくしては開催できないイベントです。今年はボランティアへの感謝の意を込めて、イベント後にパーティを予定しています。 過去8回の開催を振り返った時、改めて多くの人が日本に興味を持ち、親しみを感じていただいていることがわかります。2011年は、イベント開催前の3月11日に東日本大震災が発生し、急遽被災地への援助を決め、イベント来場者の多大なご協力により、$ 29,033.88 の義援金を日本赤十字社に送付することができました。また、その翌年には『日本とトモに』をテーマに、来場者の被災地への温かいメッセージと$ 1,146.60の義援金を、被災者を献身的にサポートしている福島大学災害ボランティアセンターに送付しました。 このイベントを通じて日本の良いところを当地に住む人たちにつたえ、また当地の人達の日本に対する気持ちを日本に伝えることにより、日本とカナダの絆がさらに強くなればと願っています。 企友会理事 塚本隆志

今年の Sakura Days ジャパンフェアは…2019-03-10T01:16:52-07:00

ビジネスチャンスとやるかやらないか 

2019-03-10T01:23:55-07:00

2018年もあっという間に2月を迎えました。企友会会員の皆さまにおかれましては、一年のスタートをどのように切られましたでしょうか? 先週行われた企友会懇話会共催新春懇談会では、岡井総領事より『解説:TPP11とカナダ』と題し、先日大筋合意がされ、3月のチリでの署名式が待たれるTPP11について解説をいただきました。特に私たちとの関係が深い日本やカナダのTPPの合意概要、日本のTPP協定に伴う輸出促進への政策的取り組み、そして国内産業育成への強化方法など、詳細な資料を基に分かりやすくご説明を頂きました。経済協定と聞くと、関税の事が真っ先に思い浮かびますが、関税のみならず、TPP11にはサービスに関する規制の自由化やビジネス環境の整備といった項目までも含まれ、商社のような大規模な貿易に関わる方から中小のビジネスに至るまで、非常に広範囲で影響があることに気付かされました。 物品やサービスの種類によっては、本格的な協定の適用や実行までには未だ少し猶予があるかもしれませんが、TPP11にはおおきなビジネスチャンス、商機がありそうです。ビジネスに関わる我々は今回の講演を機に、その内容をもっと研究するべきなのではないでしょうか。また、企友会はそういう場所を提供するべきではないかと感じました。 そして、この時私が思い出したのは、昨年から始まった企友会ばんくーばー寺子屋、略して“ばんてら”でのメープルファンツアーズの別所さんのお言葉。『結局はやるか、やらないか』。いろいろな障害や困難があって、それを理由にやらないに至ることは沢山あると思います。障害や困難があっても、これは商機と信じやる人はやる、そしてやることによってのみ成果は生まれてくる。単純なようで、とても難しいのがこの『結局はやるかやらないか』。ビジネスチャンスが隠されたTPP11のお話とやるかやらないかの話、年初に2018年のキーワードを聞いたような気がしました。 岡井総領事のお言葉を借りれば、今年戌年は良い方に行くことはどんどん良い方向へ、悪い方はどんどん悪い方向に行ってしまうようです。会員の皆さまと一緒にどんどん良い方に、良い方向に進んでまいりたいと思いますので、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。 企友会会長 澤田泰代

ビジネスチャンスとやるかやらないか 2019-03-10T01:23:55-07:00

2019-03-12T15:41:13-07:00

これより以前のコラムについては、旧企友会ホームページのコラム・イベント報告ページ/理事の挨拶文より閲覧できます。こちらからどうぞ。

2019-03-12T15:41:13-07:00